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■「Oxide2x/オキサイドツーエックス キム・ヒョンテ画集」/エンターブレイン



ああ、上手いな。素晴らしい。

パーツを極端化させて結果フェチが過ぎる的な叩きも見受けられるが、自分はその辺が全く気にならないんだよなあ。その手の叩きって素直な感想なんだろうかとすら思ったりする。韓国人なのでとりあえずケチ付けたい前提での叩きなんじゃないかとすら思う。全力で嫌韓な自分だけど、袈裟まで憎い的な領域には達していないんだよなあ。

どうしたらこういう絵が描けるようになるんだろう。写実に拘泥せずに、極端なパースを物ともしない割り切り方が必要なのかな。自分が絵を描いていた頃って、許斐先生と同じ轍を踏んでいたと思う。パーツを分離した写実に拘って、全体のバランスがおかしくなっているような。ギクシャクしたポージング人形をそのまま模写したようなアンバランスさ。
三頭身ぐらいのデフォルメ絵で縦横無尽な動きを描けるようになってから、等身を伸ばしていく流れだったら自然と上手くなれていたのかなあ、みたいな。ていうかこういう方法論をあれこれ考えている時点で駄目なんだろうな。絵を描くのが好きならこの瞬間も千本ノックを苦も無く繰り返している。

キムヒョンテに関してはもう一つ、TERAなるオンラインゲームで氏のイラストを完全に3Dとして再現していたってのが凄い。日本負けてんじゃないか、という悔しさがある。こういうのって変態大国と称される日本がまずは達成してしかるべきコトだろうに。

■マイクル・ムアコック「野獣の都 永遠の戦士ケイン」/ハヤカワ文庫

物質転送機の開発に腐心する若き物理学者マイクル・ケインは、ついに人間移送の実験に着手した。送りだす人間は、誰あろう彼自身。だがスイッチが入った瞬間、彼は奇妙な植物が生い茂る異郷の平原に立っていた。驚く彼の眼に飛びこんできたのは、かぐわしい大気の中をひた走る巨大な獣と全裸の美女だった!
太古の火星を舞台に、地球人ケインの剣と恋と波瀾万丈の冒険を描く「野獣の都」「蜘蛛の王」「鳥人の森」3長編を収録。

これは単なる火星シリーズの亜種というかまんまというかパクリというか、そんな作品。やりたい放題じゃないか。このような行為が許されていた時代があったのか。昔は大らかだったんだなーと思ったよ。

という印象を持つ人は発表当時からいたのか、解説で徹底的にフォローしている。バロウズスタイル等、この解説を読んでだいぶ納得出来た。これはこれでジャンルとして成立していると考えたほうがいいみたい。良い解説だ。

感想は、同じ作者のエルリックサーガにおける、読んでて退廃を抱かせる寂れた世界観とは全く異なり、シンプルで熱く真っ直ぐな主人公による分かり易い冒険活劇だった。それぐらいしか感想が出てこない。ああ、他には主人公の行動や独白で、どうにもジュブナイルっぽい印象が強かったってのもあるか。それは火星シリーズにも感じたコトでもある。一人称で話を進める為に、勇敢な行為を自分で説明しているのが、何かこう、ジュブナイルっぽい。

■エリック・マコーマック「隠し部屋を査察して」/創元推理文庫

7月7日、日曜日の朝。カナダのある町に突然、幅100メートル、深さ30メートルの溝が出現、時速1600キロで西に向かいだした。触れるものすべてを消滅させながら……。世界じゅうを混乱に陥れる怪現象「刈り跡」、不可解な死の真相を迷宮に追う警部「窓辺のエックハート」、想像力の罪を犯し幽閉された人々をめぐる表題作など、奇想きらめく20の物語を収録。

隠し部屋を査察して/断片/パタゴニアの悲しい物語/窓辺のエックハート/一本脚の男たち/海を渡ったノックス/エドワードとジョージナ/ジョー船長/刈り跡/祭り/老人に安住の地はない/庭園列車 第一部:イレネウス・フラッド/庭園列車 第二部:機械/趣味/トロツキーの一枚の写真/ルサウォートの瞑想/ともあれこの世の片隅で/町の長い一日/双子/フーガ 以上20編収録

非常に自分のツボな作品が揃っている短編集だった。奇想。それ程平易な文章では無く、オチも無い作品が目立つが、星新一や「アフター0」辺りを彷彿した。

オチが無い、というのは自分の中では本来面白くない作品と断じるケースが多いんだが、何故かこの短編集に関しては許せるものがある。許せるドコロか、ああこれは良いものだなと、存分に堪能出来た。細部まで描き込まれた絵画に近い。絵画が文章で表現されている。面白い小説を読んだら、「これ漫画にしてみたいなー」とか思ったりするコトもあるが、この小説に関しては、「これ一枚絵にしてみたいなー」と考えた。この表紙は何気に作品の傾向を表しているとも思えてくる。

架空の存在/人物/人生をイマジネーションで膨らませている。奇妙な人物の半生を描く作品が多かったかな。「まるで現実にいそうだ」とは思わないが、フィクションと分かった上で惹き込まれる魅力があった。表題作にして一発目の「隠し部屋を査察して」、ここで早速奇想洗礼を食らって、以後ページを繰る手が止まらなくなってしまった。

僕はブラッドベリをそんなに楽しめないタイプなんだが、きっとあのノリを楽しめる人はこの作品も楽しめそう。

■辻村深月「子どもたちは夜と遊ぶ」(上・下)/講談社文庫

大学受験間近の高校三年生が行方不明になった。家出か事件か。世間が騒ぐ中、木村浅葱だけはその真相を知っていた。「『i』はとてもうまくやった。さあ、次は、俺の番-----」。姿の見えない『i』に会うために、ゲームを始める浅葱。孤独の闇に支配された子どもたちが招く事件は、さらなる悲劇を呼んでいく。

自分の年齢の関係か、ミステリ部分よりも青春物としての側面に強く惹かれた作品。最近の自分はどうもそういう傾向にある。映画も青春物を楽しめるようになったし、去年のゲームで言うなら「シュタインズゲート」も、序盤のまだ物語が大きく動いていない、コミュニティの形成パートですら面白かった。

物語の纏め方としては、無難だったかな。予想の範疇だったのでしてやられた感は薄い。もう一回引っくり返して「赤川翼がi」なんじゃないかなーと思ってた(「後半で生存が判明」してからは益々そう思ってた)。そうじゃないにしても、残りページ数の関係から一転二転翻るんじゃないかと期待してしまっていた。まあ、そんな不満もあるが、きっちりと纏めてきてて構成に破綻も感じなかったし、これはこれで良いという気持ちのほうが上回る。

すいすい読めたけどそれ程文章の水増し感も無かったな。青春物で時に中二的な自己陶酔に近いものもある(作中人物にも作者にも)が、それらも含めて良い読書体験であった。

全く内容に関係ないコトを書くが、この本は文庫落ちして平積みになっていた頃、珍しく古本屋でなく新刊で買った。奥付を見たら、2008年5月だった。2年半寝かしておいたんだが、まだ2年半しか経過してなかったのかという気分だ。

■アガサ・クリスティー「象は忘れない」/ハヤカワ文庫

推理作家のミセズ・オリヴァは、一番会いたくない人物ミセズ・バートンから無理難題を持ちかけられた。オリヴァが名づけ親になったシリヤという娘が今度バートンの息子と結婚することになり、ついては十数年前のシリヤの両親の死亡事件を再調査して欲しいというのだ。警察も匙を投げ、未解決に終わっていた事件を今さら……困り果てたオリヴァはその夜、友人のポアロのもとを訪ねた。
人間の運命を凝視する女史晩年の代表作。

タイトルが中々に好み。内容そのものはそんな惹かれるものは無かったかな。原題が「ELEPHANTS CAN REMEMBER」で、まんまなんだけど。原題からして素敵というコトか。

そんなに大きく推理過程やオチに関ってきてはいなかったんだけど、『記憶と記録は違う』というのが何かと強調されてて、確かにそうだよなーと考えるものがあった。決して嘘をついているワケではないんだけど、本人が思い違いをしている可能性もある。

自分が普段、オカルト信仰にムカつく要素の一つに、伝聞は所詮伝聞で、それを伝える者の情報収集能力に左右されてしまうだろうがクソったれというのがある。『限界ギリギリまで家電を立ち上げていた→ホラードラマCDをかけたら限界オーバーでブレーカーが落ちた』、こんな事実があったとして、その場にいた人間が限界ギリギリまで家電を立ち上げていたというのを知らず、そのCDが呪いのCDだと騒ぎ立て以後伝達されていく。事件の起こった現場で拾うべき情報を拾っていなければ、たとえその現場にいたとしても事実を伝えられるかどうかは怪しい。

まあその辺はどうでもいいや。それよりもこの作品で驚いたコトは、クリスティ82歳時の作品という部分。自分がアラエイになった時こんな理路整然とした文章を紡げるんだろうかと、それだけで感動した。ポアロ物の中では作者の執筆の時系列としては最後の作品になる。ていうかポアロとマープル夫人、二大名探偵の最後の事件をほぼ同時期に執筆して死後発表用に準備していたというシスティマティックな手口にも驚くんだが。

■連城三紀彦「嘘は罪」/文春文庫

「あなた、この着物要らない?」高校時代からの親友の言葉には続きがあった。「この着物を着てある女に逢ってほしいの」そして---。奥さんにしたいナンバーワンといわれた女の、その実は? からみあう愛と憎悪の中で、予期せぬ結果が待つ十二の物語。女は見かけによらぬもの、あなたもだまされて下さい。

夏の最後の薔薇/薔薇色の嘘/嘘は罪/罪な夫婦/夫婦円満/満天の星/星くず/くずれた鍵/鍵孔の光/仮橋/走り雨/雨だれを弾く夏 以上12編収録

連城作品は恋愛小説としてパッケージされるコトもあるが、スピリットはミステリ。超絶技巧ミステリ。恋愛小説かと思って避けられそうなのがちょっと惜しいよなあ。この短編集も超絶ぶりを堪能出来た。一編一編が「マジでこれ短編?」的密度で感動する。僕が後50年生きられるとして、死ぬまで本は読み続けていくだろうけど、連城三紀彦を越える小説家に出会えるコトは無いと思う。

連城ミステリの持ち味はラストでの逆転。僅かな登場人物で描かれている短編だけに、この持ち味がキレ良く演出されるのかなあ。ラストでの黒白の反転、アクロバティックな逆転が凄い。それを12回も味わえた。物理トリックではない、精神的な逆転劇なので、ある意味幾らでもネタが出来そう。しかしそれを説得力/納得感を持ったストーリーとして小説にするには、書き手の力量に寄る。連城三紀彦のスキルは素晴らしい。

■飛鳥部勝則「バラバの方を」/TOKUMA NOVELS

大物画家の私設美術館の開館日。展示室のドアを開けると、そこは……死体の山だった。オープンを祝う(呪う)かのごとく、聖者殉教の絵そのままに、老人や少女が、腸を引き出され、乳房を抉られ、歯を抜かれ、針鼠になり……。
『聖エラスムスは腸を引き出されて殺されるであろう。聖セバスティアヌスは矢を突き刺されて……』
招待客の新聞記者・持田の許に届いた不気味な手紙は、殺人予告だったのだ。血まみれの悪夢、狂気の大事件の幕が開く!

再読。序盤中盤読み進めている時、「あーそうだったこういう話だったなー」と思い出したのに、犯人は全く忘れていたという。まあ、正直パッとしない、あんま自分好みじゃない結末だったので、薄れていたんだろう(「犯人が複数犯」というのがパッとしない)。

オーソドックス。後書きでも「これは、ある意味でまともに探偵小説に切り込んだものだ」と語っている通り、構成はベタ。前に読んだ時は中盤の衒学がベタな感じだなーと印象深かったんだけど、それに限らず全てオーソドックスだった。

序盤で複数の登場人物の視点からパーティの様子が描かれるんだけど、ここは結構綱渡りしているのかもなあ。『モノローグには嘘は無い』、というミステリルールがあるとして、パーティ参加者(犯人も含む)の心情を描くってのは綱渡り。まあ、全員が誰かしらに殺意を持っているので上手く犯人を隠せてもいるんだけど。この序盤で人物相関図が分かるので、視点がグルグル変わっても諦めずに丁寧に読み進めるのが吉。

飛鳥部勝則って数年前に問題になったりしてなかったっけ。少女漫画のパクリとか発覚して。よく気付くなーとかそれぐらいにしか思わなかったんだけど。

■レイ・ブラッドベリ「太陽の黄金の林檎」/ハヤカワ文庫

冷えきった地球を救うために太陽から“火”をもち帰ろうとする宇宙船を描いた表題作「太陽の黄金の林檎」。灯台の霧笛の音を仲間の声だと思い、毎年海の底から現われる古代生物の悲哀をつづった「霧笛」。タイム・トラベルがはらむ危険性を鋭く衝いた「サウンド・オブ・サンダー〈雷のような音〉」など、SFの叙情詩人と呼ばれる巨匠の幻想と詩情にあふれる短編集。ジョゼフ・ムニャーニによる幻想的なイラストも収録。

霧笛/歩行者/四月の魔女/荒野/鉢の底の果物/目に見えぬ少年/空飛ぶ機械/人殺し/金の凧、銀の風/二度と見えない/ぬいとり/黒白対抗戦/サウンド・オブ・サンダー〈雷のような音〉/山のあなたに/発電所/夜の出来事/日と影/草地/ごみ屋/大火事/歓喜と別離/太陽の黄金の林檎 以上22編収録

短編集であるのをいいコトに、中断を繰り返しながら読んでいたので、すっかり自分の中で一貫が無くなってしまった。「霧笛」を読んだのは半年以上前だった気がする。丁寧に読んだのもあればザーッと読んでしまったのもある。

詩情・詩人と言われるブラッドベリだけど、良くも悪くも確かに「詩」だな、とこの短編集で感じた。悪くもってのは、何を伝えたいのか分からない話が突然混じっている辺り。読み手の感性任せって感じなのが、詩に近い。マジで詩集読んだような気分になる。噛み締めるように読めば味わい深いのかも知れないが、エンタメ楽しませてくれー的気分で挑むとさっぱりだ。

詩を感じさせるというか、詩に肉付けしたのがブラッドベリなのかも知れない。表題作の「太陽の黄金の林檎」なんかは露骨で、作中でも触れられているようにイェーツが元ネタなんだろうけど、そこからブラッドベリが受けて広がった世界を短編にしたのがこの作品なんじゃないかなーと。んで、この作品に限らずどの作品も、ブラッドベリが詩や何かから感じたものを拡大していったものなんじゃなかと、とここまで書いてそれは全ての小説がそうだろと気付いた。

この短編集では「黒白対抗戦」のヒドいラスト、「歓喜と別離」の切なさが印象に残っているかな。他の短編集の解説で、「ブラッドベリは別れを描き続けている」なんて評があったけど、「歓喜と別離」はまさしく該当する。

■積木鏡介「歪んだ創世記」/講談社ノベルス

裏表紙梗概は都合により割愛。積木鏡介デビュー作。メッタメタなメタミステリ。メフィスト賞だし、当時の流れなら出るべくして出た小説だなこれは。

創作を目指す人なら誰でも一度はかかるであろうハシカ的なネタをそのまま実行した作品。当時読んだ時はそのワンアイデア部分のみに注目して一気読みしたんだけど、今回の再読で、メイン一発以外の細部も結構色々丹念に作っていたんだなーと気付いた。明瞭にやりたかったコトが伝わってくるし、作者ノリノリで書いてたんだろうなーというのが感じられるのは良い。

この作品に比べると二作目の「魔物どもの聖餐」はパンチが足りないし途中で童話調になるのも比喩として煙に巻こうとしたのか単なる水増しなのか狙いがよく分からない。どうも3作ぐらいで小説からフェードアウトしちゃった作者のようで、一発屋だったのかな。一時期小説家だった過去を持ちながら今頃どこかで別の仕事しているんだろうか、等と考えると切なくなった。

■積木鏡介「魔物どもの聖餐」/講談社ノベルス

呪われた兄弟<幽羅>の操り人形と化し、桔梗荘に集まる人間を皆殺しにするという男・久羅の陰鬱な手紙。「復讐せよ」と囁く殺人鬼のおぞましい計画。お伽話のごとき奇妙な舞台で、予告通りに殺人は起こった! すべては地獄の傀儡師の罠か。純粋悪の結晶がきらめくミステリの離れ業。最終章が読む者の心臓を貫く!

再読。全く内容が記憶に残っていなかった作品。残っていなかったのはまあイマイチだったからで(そんな印象の読後感だけは覚えている)、期待ゼロでの再読であった。んで、地味ながらもこれはこれでそこそこ頑張っていたのかなーという、クリエイターに対して素人如きが抱くには不遜な感想を持った。

デビュー作の「歪んだ創世記」ほど露骨では無いにしろ、メタミステリ/構造に何かしらの仕掛けを施したいという意思は感じた。そして、つまりは竹本健治が好きなんだろうなーってのも改めて感じた。再読してもイマイチだったのは相変わらずなんだけど、自分の読書史/時代性の中では何か感慨深い位置付けだったりもする。

この積木鏡介といい乾くるみといい流水といい、この頃デビューした人は竹本ミステリの衝撃を色濃く受けた世代が多そうだ。流水は謎の地位を確立し、乾もまた化けたが、この人はどうだったんだろうか。今も作家やってたりするんだろうか。今度調べてみよっと。

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プロフィール

Author:七瀬
小説・漫画・映画の感想、ゲームのちょっとした攻略やプレイ日記など。
連絡先:
onthelindenあっとまーくyahoo.co.jp

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