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■「ヤギと男と男と壁と」/映画/2009年アメリカ/監督:グラント・ヘスロヴ



妻の浮気を知った地方紙の記者ボブは、傷心のまま戦争が始まったばかりのイラクへと旅立つ。クウェートでリンという米国人と知り合ったボブは、以前取材した男からリンの名を聞いていたコトを思い出した。その男は「リンは軍で有能な超能力者」だと言っていたのだ。リンに興味を示したボブは、イラクに向かうリンに同行する。道中でリンは、冷戦中に発足した驚くべき「超能力部隊」の歴史を語り始める。

2009年の作品なのかコレ。雰囲気が70年代の映画のノリ。自分が近接3年で視聴した作品で言うなら、「赤と黒」「銀河」「エル・トポ」辺りを髣髴した。いま引き合いに出した作品は名作扱いされてるものもあるので、「並べるなよ」と激怒する人もいそうだが、映画に精通していない僕個人の忌憚無き感想として述べておく。

という具合に、昔の映画を観てる時に感じる戸惑いを最初から最後まで抱き続けていた。間合いがよく分からんのよ。ギャグなのかシリアスなのか判別が付きにくいテンションだったよ。まあ、一応コメディらしいんだがな、今日日のノリで接したらゲラゲラ笑えるものではない、かと言ってオフビートでジワジワ来るようなユーモアでもない、イマイチな作品だったなあ。タイトル(邦題)は中々秀逸なだけにこの内容は悔しい。

旧ソ連が超能力にマジで傾倒していたってのはたまに目にする話題であるが、対抗するアメリカもまた、超能力部隊を試みていたらしい。ジェダイ計画とかそんなんで。この辺まではノンフィクションがベースになってるのかな。ちょっと本気で調べようという気力が沸かないんだが。

■「アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの」/アニメ



氷河期に暮らす、マンモスのマニーを筆頭とした哺乳類の小グループ。しかし、マニーの妻エリーの妊娠や、サーベルタイガーのディエゴが抱える悩みなどから、群れはまとまりを失い始めていた。 そんなある日、オオナマケモノのシドは3個の卵を発見する。卵からはとうに絶滅したはずの恐竜ティラノサウルスが孵化。3頭の仔ティラノを可愛がるシドだが、そこに母親ティラノが現れ、子供たちとシドを連れ去った。 マニーら一行はシドを取り戻すべく、地底にある恐竜の世界へ旅立つ。

ナマケモノのシドが切ない。ゲーム版をやった時はビジュアルの不気味さばかりが際立っていたが、孤立気味で家族を欲しがるあまり、ティラノの子供に執着するという立ち位置もまた切ない。シドのビジュアルは慣れてしまったけど、初心に帰るとこれは極めて暴虐的なデザインだな。便宜上ナマケモノと呼んでいるけど、正確にはその祖であるノスロテリウムなる動物らしい。確認する術がない大昔の生き物ってのをいいコトに、出鱈目な造形にしてるんじゃないのか。

シリーズものでありながらいきなり3作目を見たが、問題なく視聴出来た。氷河期で、地下世界があるという設定。その地下世界では恐竜が生きているという背景。これ2作目までは白メインで絵面の代わり映えのしない氷河オンリーの世界だったんだろうか。

リスカップルは本編には絡んでこないマスコットポジションだったのね。ゲームではこやつら関係のタイムアタック、実績解除に苦労したなあ。

■「ネコと金魚の恋物語」/映画/2006日本/監督:瀬々敬久



恋人の死のショックから、彼女の飼っていた金魚を飲み込んでしまった秦雄介。その後、書いた小説が芥川賞を受賞したが、ここ10年はコンビニの店員としてウダツのあがらない無為な日々を送っている。ある日、アパートの屋上から、猫と育子という女が降って来た。育子は、幼い頃から飼っている猫(名前:シャケ)だけが唯一の親友だった。雄介は、そんな育子にとある感情を抱くようになる。

1時間ちょいの中編。ガチガチのテンプレではなく程好く外してきたり、ミステリ風味な要素も後半ちょっぴりあったりで、楽しめた。主人公雄介、育子、シャケの三視点での独白が過不足なく状況を説明しているし、タイトに仕込みもあったりしてて、時間の割には充足感アリ。

恋人を失った悲しい過去から一転して、序盤の雄介が最低。こ、これが芥川賞作家かよというギャップよりも不快感のほうが上回ったかなあ。育子にある感情を抱くようになった経緯が弱い気もするが、そこはお約束としてスルーしてもいいか。

近くにいる人間がどんどんと死んでしまうので、自らを魔女と揶揄する育子。青春ですなあ。この辺のオチは、「実はシャケが死を振りまいているんじゃないのか」等と一瞬思ってしまったバッドエンド嗜好脳の自分がいる。何で自分はこう、悪いほうへのどんでん返しを期待するのか。流石にそういう作品じゃなかった。

■「大停電の夜に」/映画/2005年日本/監督:源孝志



群像劇。クリスマスイヴに日本を大停電が発生した中での男女12名6組を巡る人間模様。

1:望遠鏡を覗く少年と、その視界に入った病院から飛び降り自殺でもするんじゃないかと思わせる女性モデル。
2:不倫相手の上司に別れをそれとなく告げられ荒れ気味の女性と、そんな彼女と一緒にエレベータに閉じ込められたアジア人男性。
3出所してきた男と、その男を待たずに結婚していて二人目を身ごもっている女。
4:ギクシャクした関係にある夫と妻。
5:老夫婦、妻が40年以上秘めていた過去のある事実を夫に告げる。
6:キャンドル店に勤める若い女性と、向かいで閑古鳥が鳴くジャズバーを営む男性。

という具合に、人多いよコレ。正直捨てキャラと言っていい存在もいるな。具体的には「1と2」な。あーこれ監督が原作小説も担っているのか。捨てキャラっぽい連中も、原作ではもっと掘り込まれてエピソードとして昇華されているのかも知れん。

苦言から入ったが、群像劇としてはそこそこいい感じ。雑多な人間関係が収斂されていく快感は勿論のコト、単純に纏まるのではなく、ニアミスが多発する後半が心地良い。ちょっとでもズレてたらアウトだったであろうエンカウントを神避する、ニアミスのハラハラ感が素敵。不自然さもここまで綱渡りしてくれると、「アフタースクール」や「運命の人」に近い感動を味わえる(いや、今引き合いに出した二作には流石に劣るが)。

何名かが墓場まで持っていくべき秘密を抱えており、スパッと気分良く割り切れない残留もある。例えば作中では十全に説明されていないけど、「杉田礼子(寺島しのぶ)の長男って大鳥銀次(吉川晃司)の子」ってコトなんだよな? 最悪だと思うよ。が、そういう隠し事も、事態の大小の差こそあれ、誰もが抱えて生きてるんだよな、と。いや待て、うーん、どうなんだろ。物凄いイヤなものを無理矢理美化しようとしている気にもなってきたわ。

トータルとしては、惜しい作品。この脚本を煮詰めたら映画に免疫を持ってるマニアにでも受けるであろう作品になっていたんだろうが、マニアではなく広範囲の層を狙った。しかし広範囲を狙うには難しい脚本だったのではないか、という。

■「モーツァルトとクジラ」/映画/2005年アメリカ/監督:ペッター・ネス



自閉症の一種であるアスペルガー症候群の症状を持つ主人公のドナルド。彼は、同じく障害を持つ者たちと共に定期的に集会を開き互いをサポートする、自助グループのリーダーを務めている。ある日、その集会にイザベルという名の美容師がやって来る。彼女は自分の障害を認めつつも、過去に持つ悲しい思い出を引きずっていた。イザベルは集会へ参加するうちに、不器用ながらも今まで知り合ったどの男とも違う優しさを持つドナルドに興味を抱き始める。

タクシードライバーを務める主人公ドナルドが、開幕早々事故を起こし、そのまま客放置で集会に向かう時点で面白いんだが、画面からはいつまでも深刻な雰囲気が漂ってきてて、「あ、面白がっちゃダメな映画なんだ」と襟を正す。

実話ベースだからか、正直視聴後印象に残らない内容。マイノリティを扱っているがそれがそんなに特色にもなってない、有り触れた感じの恋愛物だったなあ。心の地雷が不明でいきなりキレ出すシーンとかある。部屋掃除したらキレたり。そういうのを観ても、アスペはこうなんだーどこでキレるか分かんないから怖いわーと思うコトもなく、むしろアスペじゃなくても地雷のあり場所不明なのは誰もだよなーと思った。

障害者の恋愛というコトで、重そうだなーという先入観からスタートしたが、途中から障害者要素は重要じゃなくなった印象。ドナルドとイザベルの役割は障害者じゃなくてもいいじゃんコレ誰にでも変更可能じゃんという気になり、障害者も非障害者も変わらない=差別無効化に繋がる。

■「ホームレスが中学生」/映画/2008年日本/監督:城定秀夫



転校生として登場したのはホームレス・須崎勝。生徒たちは臭くて汚いホームレスの須崎に冷たい視線を浴びせかけるも、映画研究会の翔太たちはホームレスの生活をテーマに須崎に密着取材することを決める。そんなある日、父親との確執で家を出た翔太が、須崎のテントに転がり込んでくる。

「ホームレス中学生」に便乗した志の低い作品だろうとは思うが、内容は序破急およびベタな倫理を押さえての、安定した出来の作品であった。ていうかその質において本家取りを達成している作品になっているのではないかとすら思える(あやふやな言い回しなのは本家を観ていないから)。監督が微妙な作品ばかり撮っているので粗悪なパロディと一蹴され埋没されていそうではあるが。

当時リアルにホームレスやってた芸人(今は知らん)、うつのみや八郎を主軸に、1時間ちょいのコンパクトな時間で素晴らしい青春物語が展開される。今なら、胸を張って言える。将来の夢はホームレス。ホームレスになりたいと思う人が続出する作品だろう。差別の垣根は払われた。

さて、ホームレスと同じレベルで世間から偏見の目に晒されている存在として、ファースト信者がいる。本人の意思とは関係なく、未成熟な社会の歪が原因でファースト信者に陥るのを余儀なくされ、そして今なおファースト信者であり続けている層は一定数存在する。この監督には是非、「ファースト信者が中学生」的な作品を世に排出して欲しいとすら思った。

■「よなよなペンギン」/アニメ



毎晩、ペンギンの格好をして街を歩き回っていた少女ココ。ココは、天国のおとうさんが話してくれた「ペンギンと空を飛んだことがある」という言葉を信じている。だから、彼女の願いは、いつか空を飛ぶということだった。

りんたろう原作、2009年公開の日本映画。今日日のアニメ映画では珍しくない全力でCGな作品。声優に田中麗奈とか爆笑問題(二匹とも)がいたのか。ぜ、全然気づかなかった。

3Dアニメでは、このCG丸出しという部分がピクサーにしろ何にしろ最近は当然になってて、そこに違和感を感じるコトすらなく、すんなりと記号的に受け入れていた自分であるが、この作品を観ている最中、ふと、「あー何かこれってパソコン使い出してからの鳥山明みたいだなー」と思ってしまい、最後までその印象に引っ張られた。

ストーリー展開の予定調和っぷりも、キャラデザも、何から何までPC導入以後の鳥山明っぽく見えてきて、それは良くも悪くもあった。良かったのは、ストーリーに対して過剰な期待を捨てられたコトかな。整合性や背景が全く杜撰だけど、よくある話に投影させて補完してね、的な作り手の甘えを許容出来た。鳥山明を髣髴したコトで悪かったのは、ヌルヌルのエアブラシ感を普段以上に感じてしまったコト。もう僕たちはコブラガールズのケツにかつて抱いた程の価値を感じないんだよ。あと、実際はどうなのかは分からないが、CGだとラクに作成できるんでしょ?みたいな気分になっちゃう。そういう偏見。

これを純粋に楽しめるのは、画が賑やかなだけではしゃげる超低年齢層か、評価の緩い老人か、両極端になりそうである。で、僕は割りと老人なので、この毒にも薬にもならない感は、まあ許しちゃうかな。曾孫に明日にでも見せたい作品。

■「私は猫ストーカー」/映画/2009年日本/監督:鈴木卓爾



イラストレーター志望で、古本屋でアルバイトをしているハルの日課は、ひたすら猫の後を追いかけること。時間を忘れて猫たちを眺める日々。彼女のアルバイト先にはチビトムという名前の看板猫がいて、寡黙なご主人とちょっと口うるさい奥さんにかわいがられている。

絵で説明するタイプの映画で、「ながら」には不向き。画面への注視が必要。いや、ながらで映画観る人がどれぐらいいるのか知らないけど、最近観た「私の優しくない先輩」なんかは正直音だけでも話は把握できる作りだったのでな。

懐かしさを感じさせる作品。下町の美しい情景、その辺を淡々と描いているのが魅力。個人的には「四月物語」と同様の謎郷愁、一人暮らしし始めた頃を思い出す懐かしさに浸れた。

ストーリーは有って無い様なもので、後半は物語を転がす為にとって付けたように動きはあるが、基本は主人公ハルを通し、淡々と町並みの様子を映しているだけ。環境ビデオみたいなノリすら受けたが、悪い意味ではない。環境ビデオってのは、運転手視点で延々と鉄道マニア向けの映像を流すようなDVDを指し、基本的には僕は悪い意味で使うけど、今はいい意味で使った。

最終的な感想としては、何かこれ好き。憎めない。

■「私の優しくない先輩」/映画/2010年日本/監督:山本寛



九州の小さな町に引っ越した女子高生・西表耶麻子は、先輩・南愛治に想いを寄せているが、想いを告げられずにいた。ところが、ある日、不破風和にラブレターの存在を知られてしまった事を機に、不破風和は勝手に「南くんへの告白大作戦」=「たこ焼き大作戦」を始めてしまうのであった。

公開当時、最も物議を醸し出したのは、最初から最後まで耶麻子(ヤマネコ)の独白が被せられるという演出だったろうか。これは非常にヤマカンらしい。フラクタルを除いて、ヤマカンは異物混入で「お前らこういうの味わったコトないだろー凄いだろー新鮮だろー」とハッタリをかましている感があるので、こういう演出/構造を仕掛けてくるのもさもあらんと思った。
個人的には耳障りだったが、これは単純に川島海荷の喋り/声が個人的に合わなかっただけに過ぎない。児玉絹世演じる筧喜久子が初めて喋った瞬間、恐ろしい程に美しい声だったので、モノローグまくるにしてもこの人がヤマネコだったら良かったのにとは思った。

ウィキペディアによると、監督はこの作品でセカイ系に決着を着けたとある。そう思って振り返るなら、セカイ系ではスルーされる醜さを描く展開であり、童話物語のヒロインになって生きてるつもりなのに自分の人生の脇役が自分以上に脚光を浴びたりと、キミとボクの完全無垢な世界に酔ってナンボの綺麗さからは逸脱したトコロにまで踏み込んでいて、セカイ系への変化球なアンサーとも取れる。という感想はセカイ系を基準にして観るとそう感じるだけで、恋愛物として考えるならこの展開は別段真新しくもなかったりする。真新しくないが、別にそれはそれで構わない。ベッタベタな骨子でも十分面白かった。

南愛治の存在が良い。南愛治の存在と、彼に対する主人公ヤマネコの思い。理に解体し切れない存在になっている。
はんにゃ金田演じる不破風和先輩の存在も、予定調和になりそうでならない、謎ポジションで終わる。

奇を衒い過ぎたあまり駄作になったと判じる人もいそうではあるが、自分の感想としては観てる最中は没頭して楽しめた佳作になる。

■「フローズン」/映画/2009年アメリカ/監督:アダム・グリーン



週末だけ営業しているスキー場。ダン、ジョー、パーカーの3人はその日、最後の滑りを楽しもうとリフトに乗り込む。しかし、手違いによって山頂への途中でリフトは停止。彼らは極寒の大自然の中に取り残される。

正直大丈夫なのかコレという不安の中で視聴を開始。何が不安だったかと言うと、リフトじゃやれるコト少ないだろーという不安。一時間半もどうやって引き伸ばすんだよ。電話ボックスならまだ周囲のビルとか色々関われるけど、メリハリの無い大自然ど真ん中。しかも空中だからな。空中。

まあまあ大丈夫だった。シチュエーションスリラーとしては教科書的な出来。つまり、この状況下で出せるアイデアを無難に出し尽くして終了。「これは!」というものは無いが酷い出来でもなかったという感想。

あ、最初の20分は無駄な尺稼ぎだった。リフトに取り残される前の、スキー場の様子や人間関係。何の伏線にもならなかった人間関係の描写は、終わってから振り返るとホント無駄。

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Author:七瀬
小説・漫画・映画の感想、ゲームのちょっとした攻略やプレイ日記など。
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